2008年4月25日という日に寄せて

 JR西日本の福知山線の脱線事故から本日で3年が経過いたしました。事故で犠牲になられた方々には深い哀悼の意を表しますとともに、傷つかれた方々やご遺族の方々には謹んでお見舞いを申し上げます。
 けがをされた方々やご遺族の方々にとりまして、3年間という歳月は気の遠くなるほど長く感じられたことでしょう。全く重みが異なるかとは存じますが、当方も同様でございます。この3年間、一日千秋という言葉がまさにふさわしいと感じられました。
 この事故について、JR西日本の当時の経営陣が負うべき責任は多大であると考えます。航空・鉄道事故調査委員会が異例とも言える強い調子で鉄道事故調査報告書を作成したことからも明らかです。確かにこの事故の直接の原因は運転士の操作ミスと言えるでしょう。しかし、個人の操作ミスだったから仕方がないと、JR西日本がいまなお考えていることはとても残念であり、21世紀の文明社会にあって信じがたい事実でもあります。
 JR西日本は事故後、多大な反省をもとにさまざまな改善を施したと発表しました。当方が実際に利用して調査した結果、評価すべき点はいくつかありましたが、不十分な点も見受けられます。詳細につきましては近いうちに活字として発表する予定ですので、そちらをご覧いただければ幸いです
 最後に付け加えておきたい点がございます。世の中ではいままさに鉄道ブームと言われておりまして、このような現象に異議を唱えるつもりはございません。当方も多くの皆様に向けて、鉄道について説明する機会を多数得ることができ、感謝しております。
 しかし、21世紀の世の中でありながら、なぜ106名の方々の命が奪われ、562名の方々が傷つくような列車脱線事故が起こらなければならなかったのか、そして今後どのように再発を防止すべきなのか。鉄道に関連する業務に携わっている者の一人として当方の頭から離れることはありませんでした。そのような視点から鉄道ブームを眺めますと、鉄道のごく限られた一面しか伝えられていないのではないかと痛感いたします。「線路は神聖にして、かつ汚れている所だ」とは鉄道写真家の広田尚敬氏の言葉ですが、この言葉の重みを改めて感じずにはいられません。
 鉄道はひとたび操作を誤れば大きな事故を引き起こす乗り物です。これは歴史の事実であり、逃れようがありません。その意味で、当方は「鉄道とは存在しなくて済むのならそれに越したことはない」と考えます。これから先、鉄道が必要悪のままであり続けるのか、あるいはそのような存在でなくなる日が訪れるのかは不明です。もちろん、鉄道がすべての人々にその意義を認められるものでなくてはなりません。その日が一日も早く訪れるよう、当方もささやかながら努力を続けていきたいと考えます。本日は長文をお読みいただきどうもありがとうございました。

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